マタニティ下着・ウェアメーカー アビックス

出産経験者の体験談

インフルエンザにかかってしまいました
私は2児の母です。
一人目の子がお腹にいる時に、インフルエンザにかかりました。
妊娠の有無がハッキリしない時期で、検査薬でも調べましたが陰性だったので、かかりつけの病院でタミフルを処方してもらい服用しました。
その後、再度検査薬で調べた所妊娠が発覚しました。

妊娠が分かった時、すごく嬉しかったけど、それと同時に赤ちゃんに影響は無いのか不安になりました。不安を抱えながら病院へ行き、タミフルを服用した事を伝えました。

産院の先生は、妊娠初期にそういった薬を服用した場合、うまく育たず流産してしまう場合が多いそうです。私の場合は、心拍もしっかり確認出来たのでこのまま妊娠を継続しても問題ないでしょうとの答えでした。 その言葉を聞いてとりあえずホッとしました。

しかし、私の場合はそれだけでは終わりませんでした。
妊娠4ヵ月の頃、出先でかなりの量の出血をし病院に行きました。
診断の結果、切迫流産との事でしばらく安静にしていなくてはならなくなりました。お腹の赤ちゃんは元気だったみたいなので安心しましたが、ホントに焦りました。

その後は、カロリー制限(体重増加)等はありましたが順調にマタニティライフを過ごし、仕事も産休ギリギリまで働きました。

出産は予定日より1週間ほど早くなりましたが、陣痛から6時間ぐらいのスピード出産で、3020グラムの元気な男の子が誕生しました。
その子は今では6歳になり、元気に小学校へ通っています

↑ TOP
強烈な睡魔に・・・
私は1児の母です。
妊娠初期の頃、悪阻はそれほど酷くはななかったですが、強烈な睡魔に襲われました。販売の仕事をしていたので、眠くて眠くて立っているのが辛かったです。葉酸を意識的に摂取したり、たばこの煙やアルコール類を回避するようにしていました。

妊娠中期の頃には、普段それほど気に留めないものを無性に食べたくなりました。 夜中にラーメンやマクドナルドのポテト、焼きそば、完熟パイン(缶詰不可)が食べたくなり主人を困らせました。味付けでは、ケチャップやソースが口に合いました。特にケチャップはかなり消費したのでは無いかと・・・。
こういった事があったので、体重管理や規則正しい生活をなるべく心がけるようにしました。

妊娠中期から後期にかけては普段よりもかなり肌がデリケートだった様に思います。原因不明の湿疹がでたり、乾燥して肌がとても痒くなりました。乾燥は妊娠線にも影響すると聞いていたので、保湿クリーム等を塗って気をつけていました。それ以外には下着のゴムの締め付けや洗濯ネームが肌に当たるのがとても嫌でした。

出産は当初の予定、自然分娩でしたがお腹の赤ちゃんがなかなか下に降りてこなかったので検査した所、回旋異常※が見つかりました。
最終、帝王切開での出産にはなりましたが、無事元気な女の子を出産する事が出来ました。

※分娩の経過とともに、胎児は産道をとおりやすいように少しずつ体の向きを変えながら、骨盤内に進入していきます。これを回旋といいます。 この回旋の異常のために分娩の順調な進行が妨げられる場合を総称して回旋異常と呼びます。

↑ TOP
3児の母です
私は3児の母です。
二人目がお腹に居た時、上の子は1歳2ヵ月ぐらいで、まだ「抱っこ抱っこ」とせがんでくる時期でした。

妊娠7・8ヵ月ぐらいの時、お腹の張りも強く赤ちゃんも下に下がってきてしまったので、お医者さんに「抱っこはしてはダメ!」「階段を使ってはいけない!」と言われました。

家に居る時は、座って抱っこしてしのいでいました。外に出かけている時に抱っこと言われるとすぐにパパが抱っこしてくれました。パパの助けのおかげで出産まで無事に過ごせました。
しかし、出産の時にとんだハプニングが待っていました。陣痛がきて病院に向かい、病院に到着後分娩室に入りました。
「子宮口が全開になるまではいきまないでね」と看護師さんに言われたにも関わらず私がいきんでしまったので、なんと赤ちゃんが出てきてしまいました・・・。

病院に着いたのが夜中だったので先生はこちらに向かっている途中で不在、看護師さんは周りで出産準備をしている状態だったので、隣にいたパパがとっさに、産まれてきた赤ちゃんの臍の緒つかんで赤ちゃんをとりあげるというとんだハプニングがありました。

赤ちゃんは元気な産声をあげて産まれましたが、私たち夫婦はそれはそれはビックリしました!

↑ TOP
38歳で出産しました
私は1児の母です。
35歳で結婚し、その年の12月に妊娠しましたが、しばらくしてから赤ちゃんの心音が聞けず、「稽留流産」と診断されました。

そのまま自然に消えてしまう訳でもなく、残っている胎嚢を取りだす手術をしました。とても痛く、つらい思いをしましたが、3年ほど経ち38歳になった頃、新しい命がお腹に誕生し、その後の検査で無事心音も確認する事が出来ました。にも関わらず、自分が高齢であること、お腹に赤ちゃんがいることの自覚が全く足りず、欲を満たす為に暴飲暴食、そして喫煙・・・。

私は大丈夫。などと安易な日常生活を妊娠中期まで過ごした結果、6カ月を過ぎた頃からもともと低くはない血圧がどんどん上がって上160~180/下90~100。危険な数値だという事で、食事・塩分制限。8カ月頃には、むくみが尋常ではなくパソコンのキーボードを叩く事も困難な状況になり、パンパンに腫れ上がった手は24時間しびれっぱなし。
9カ月に入って、仕事も産休に入った頃、とうとう妊娠高血圧症候群と診断されました。妊娠36週で入院。TVや携帯、面会も規制され病室での安静を余儀なくされました。

出産予定日は翌年の1月20日でしたが、37週に入った12月25日に、2172グラムの小さな女の子を帝王切開で無事出産。
予定よりも赤ちゃんの体重が少なかった為すぐに保育器へ。

私の方は、産後の出血が止まらず、ぼんやりとした意識の中で、「このまま出血が止まらなかったら、再度開腹するから」と先生の声。出血が止まらないのも、どうやら妊娠高血圧症候群のせい。

幸い、出血は止まり開腹は免れましたが、産後血圧が下がらず、今度は「このまま血圧が下がらなかったら、母乳を止める」と言われ・・・。
結果血圧は下がらず、母乳を止める薬を渡されました。薬を飲んでも、おっぱいはカチカチに張るので、泣きながら冷やしました。

産後1カ月迄は粉ミルクで育てましたが、主治医の先生に「おっぱいをあげたい」と相談した所、処方している薬は母乳への影響はほとんどないからあげてもいいよ。との返答。

それから母乳外来に通い、母乳育児の願いはかないました。初乳は上げられませんでしたが、母乳を少しでもあげれた事はホントに良かったと思います。娘は4歳になり、毎日元気に保育園に通っています。

↑ TOP
たくさんの人に助けられました
私は1児の母です。
妊娠中はつわりがひどく、横になっていても寝ていてもつらくて、車で5分の近所のコンビニに行くのが本当に辛かったです。

『5カ月頃にはつわりが軽くなる』と聞くたびに、『早く時間が経たないかなぁ~』と思っていました。つわりが治まった6カ月後頃からは、妊娠初期の反動で食べたい時に食べるという生活で、体重増加で先生からよく注意されました。。。。

出産予定日を過ぎ、体力的にも辛く、お腹の赤ちゃんは大きくなるし、本当に産まれてくるのか不安になる事もありました。『本当に産まれてくるのかなぁ~?』と母に相談しては『産まれてくるわぁ(笑)』と笑われていました。

予定日を4日過ぎたある朝、お腹が痛いなぁと思いトイレに行き、またその直後にトイレに行き、痛みが繰り返しくるので、『ただの腹痛ではない!これは陣痛だ!』と気づきました。とにかく我慢が出来ない痛さでしたが、旦那さんと母親に背中をさすってもらたり腰を押してもらったり声をかけてもらったり、二人のサポートのおかげで無事のりきる事が出来ました。

始め自分の気持ちの中では立ち会い出産を希望していませんでしたが、『立ち会ってもらって良かったなぁ』と心底思いました。
出産後は胸がパンパンに張ってしまった為に傷もできて、授乳の際はとにかく痛かったです。初めて赤ちゃんと向き合い、分からないこと、不安なことばかりでしたが、両親をはじめ、たくさんの人に助けられました。

今も子育ての真っ最中です!1歳になったわが子は、日中は保育園に預けていますが、これからもたくさんの愛情をそそいで、子供と共に少しずつ親として成長していけたらと思っています。

↑ TOP
逆子だということが判明しました
私は1児の母です。
お腹に赤ちゃんを授かった時は、嬉しさでいっぱいでした。さらに、転職を希望していたパパの仕事先が決まり、嬉しさも倍増しました。しかし、私はその時つわりの真っただ中・・・仕事も続けていたので、一足先にパパは引っ越しをし、しばらく私は一人でつわりと戦う日々が続きました。

私は食べつわりだったので、四六時中何か食べていないと気分が悪くなりました。なので気分転換に、ふかし芋やフルーツ100%ジュースのゼリーを手作りし、マタニティ生活を楽しみました。あとは大好きな紅茶をノンカフェインにしたり、コーヒーもカフェオレにしたりしてカフェイン摂取に気を付けました。

何もかも順調だった34週。息子が逆子だということが判明しました。逆子を治す為に逆子体操をしたりお灸をしたり、有名な助産師さんに診てもらいましたが、息子は私の声を近くで聞いていたかったのか治りませんでした。ついに37週、帝王切開での出産になりました。

出産してすぐは、慣れない息子の世話や母乳の出が悪かったことで疲れがたまり、 産後ブルーな気分になってしまいました。甲高い声で泣いている息子につられて泣いてしまった事も・・・・。そんな時です。息子が私の気持ちを察してか『ピタッ』と泣き止み、笑顔をみせてくれました。無垢な息子に、疲れやお腹の傷も忘れ気持ちがとても暖かくなりました。今は母乳の出が良くなり、息子もすくすく育ち生後8カ月になりました。 家族や親戚の助けもあったので、私は新たに仕事を始めることができました。まだまだ新米ママですが、これからの我が子の成長を楽しみに、ともに笑顔で毎日を過ごしていきたいと思っています。

↑ TOP